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真神學園から、タクシーでおよそ十分。
二十階建てのマンションの十九階が、マリアの住居だった。
マンションの一室に通された葵は、その大きさにまず驚いた。
東京の住宅事情について精通しているわけではないにしても、
二軒分を繋げていると思われる家の広さは、相当高価であるはずだ。
まず裕福といえる家に住み、物欲はそれほど多くはない葵でも、
このマリアの居には憧れずにはいられなかった。
どうしてこんな豪華な家に住めるのか、良識ある葵は訊ねることはできないけれども、
いかにもマリアに相応しいのは間違いない。
再び非現実への入り口となるドアを、葵はくぐった。
「この家に他人を招いたのは初めてよ」
「そう……なんですか?」
そのようなことを口にするマリアの真意を計りかねながらも、
誰もが憧れる美人教師の家に入る最初の人間となったことを、葵はごくわずかに嬉しいと思った。
その経緯に関して、公に語れるものでないとしても。
「お邪魔します」
「ええ、あがってちょうだい。少し散らかっているかもしれないけれど」
それが謙遜であることは、葵にはすぐに分かった。
マリアの家はそもそもそれほど物が多くなく、それらも整理整頓が行き届いている。
というよりも、生活感に欠けているように見えるのだ。
とはいえ、葵はそんな感想を口に出すような少女ではないし、
憧れの女教師の家に招かれたという興奮が足首の辺りまでを浸していたから、
静かに靴を脱ぎ、家に上がった。
葵が靴を揃えなおして振り向き、立ちあがった瞬間、マリアに抱きすくめられた。
「あ……ッ……!」
「誘いに乗って家まで来てしまうなんて……いけない子ね」
葵が反論できなかったのは、それが事実だったからというだけではない。
包みこむ濃密なバラの香りに思考が惑わされていた。
マリアに顎をつままれ、上を向かされる。
「せん……せ、い……」
赤く艶のある唇が艶かしく蠢く。
母親とは全く異なる、女としての色気を最大限にアピールするために塗られた口紅は、
元からの美貌ゆえに、化粧というものに未だそれほどの関心を持たない葵を惹きつけてやまない。
だから葵は、マリアの唇が近づき、触れるその瞬間に至るまで、完全には目を閉じずにいた。
「あ……」
冷たい柔らかさに背筋がぞくりとする。
上唇を甘く挟み、いかなる圧力も与えることなく、
ただ濃厚なクリームのごとき感触だけを残すマリアの口づけに、身体から力が抜けていく。
「教えてあげる……この世界に在る闇を」
「あ……ぁ……」
まだ閉じていない葵の目に、蒼が映る。
どこまでも深く、底の見えない蒼。
目を逸らすにはあまりにも眩しく、諦めるにはあまりにも美しい双つの宝石。
葵の意識は、導かれるまま水底へと落ちていった。
ここがマリアの家の玄関であると思いだすまで、数秒の時間が必要だった。
葵は、目を開けた後も夢の中を漂っているような心地でマリアを見つめる。
マリアは教え子に魂が溶けるような口づけを与えたことなど幻であったかのように微笑で応じた。
「少し冷えてしまったわね……お風呂に入りましょう」
「で、でも」
初めてあがる他人の家で、何もかもを差しおいていきなり風呂に入ることに、葵は当然の抵抗を示す。
するとマリアは、葵が顔を赤らめずにいられないことを、
初めて母親の手伝いをして褒められた少女のような笑顔で言った。
「下着を乾かす必要があるでしょう?」
いかなる反論も封じられた葵は、マリアに手を引かれるまま浴室に入った。
そこもやはり少女の理想に限りなく近く、白を基調とした部屋に汚れは一切ない。
そして葵を魅了したのは、こういった場所なら当然あるべき生活感が、
ほとんど感じられなかった点だった。
マリア・アルカードならば葵を失望させるような生活はしていないだろうし、
全校生徒が憧れる彼女の家に招かれて、そういった秘密の部分を一人だけ垣間見られるのはやはり嬉しい。
しかし、洗濯物や洗剤に至るまで見える場所にはなく、外国の貴族のような雰囲気を漂わせているのは、
葵のような大人びた少女の胸さえ高鳴らせてしまう。
「どうしたの? 何か変な物でも置いてあるかしら?」
「い、いえ、そんな」
「女の一人暮らしなんてどうしてもいい加減になってしまうものね。良かったわ、片付けをしたばかりで」
緊張をほぐそうとしているのか、明らかに冗談と判る口調で言いながら、
マリアはためらわずに服を脱いでいく。
ただ着ているものを脱ぐだけなのに、マリアの動きは色気に満ちていた。
ジャケットを脱ぎ、パンティストッキングを下ろす。
長い脚とそれを構成する優美な曲線、そしてストッキングの下から現れた、輝かんばかりに白い肌。
マリアが白人だからというだけでない、人としての限界さえ超越したような生白さに、
葵は目がくらむような衝撃を受けていた。
我知らず唾を飲み、その音の大きさに慌てて我に返る。
身体中の血が顔に集まった気がして、顔を上げていられなくなった。
しかし、伏せた目の先にある白い脚が、再び葵の心を奪う。
自身も恵まれたプロポーションを持つ葵は、他人のスタイルを気にかけたことがほとんどない。
異性との縁が薄いこともあって、知人達がなぜ胸の大きさや足の細さで一喜一憂するのか、
今ひとつ理解できなかった。
そんな葵が、生まれて初めて他人の肉体に魅了されていた。
惜しげもなく晒される、美の極致ともいうべき素足を見ているだけで息苦しさを覚える。
裸身を――マリアの全てを見たいという強烈な欲求が葵を苛むが、
視界に入るのは膝までで、そこから上を見るには、伏せた顔を上げなければならなかった。
とはいえ顔の火照りは強くなるばかりで、こんな顔をマリアに見られるわけにはいかない。
女性らしい羞恥心と、少女らしからぬ欲求とのせめぎ合いに葵は苦悩した。
幾秒かの葛藤の末、葵は彼女を知るものなら到底信じられないであろう結論を出す。
欲望を理性に優先させ、マリアの膝から上を網膜に焼きつけるべく、
眼球を極小の単位で上に動かしたのだ。
牝鹿のように均整の取れた大腿が上方に伸びている。
長い腿はもちろん無限ではなく、ゆるやかな広がりと共に終わりを迎え、
より豊かな白い平野となって続く。
平野の入り口、脚の付け根に当たる部分に、白く滑らかな肌とは違うところがあり、葵の目を固定させた。
淡い金色の、三角形状に広がる森。
少し目を凝らさなければ見えない、しかし豊かに茂る、秘密を覆う蔭りは、
それ自体が磁力めいた吸引力を持って葵を惹きつけた。
「美里サン?」
「え、あ、はッ……はい」
訝しむマリアの声に、葵は慌てて顔を上げた。
まさか恥毛に見入っていたなどと言えるわけがなく、その自覚が耳まで赤くさせる。
「そんなに緊張しなくてもいいのよ……女同士なのだから」
マリアの優しい声に救われた気がして、葵はぎこちなく笑顔を作った。
「さぁ、こんな格好でいつまでも居ると風邪を引いてしまうわ」
「はい」
葵を促したマリアがビスチェのファスナーを下ろす。
パンストよりも濃い漆黒の服は、際だったコントラストを彼女の肌に与える。
凝視してはいけないと反省したばかりなのに、マリアの胸は脚以上に葵を注視させた。
マリアがブラジャーをしていなかったのは教室で気がついていた。
教師が下着を着けないという大胆さにも驚くが、こうして改めてさらけだされた肉果は、葵を圧倒する。
葵は自分のスタイルに不満を抱いたことはこれまでないが、
美の極致とも思えるほど完成されたマリアの肉体は、畏敬めいた敗北感を与えずにおかなかった。
視覚が得た情報が掌の触覚を甦らせ、葵は知らず手を握りしめる。
気温は涼しいくらいなのに、身体の内側から昂ぶってしまってどうしようもなかった。
全裸のマリアが顔に不審を浮かべる。
失策に気づいた葵は赤面し、彼女の裸身を凝視していた非礼をどう詫びようか焦るが、
マリアは怒るでも恥ずかしがるでもなく、自然な笑みを浮かべた。
「どうしたの?」
「い、いえ……マリア先生のスタイル、とても素敵だなって」
「ありがとう」
マリアの微笑に葵は上気する。
それは憧れの女教師と意志を通わせたときの、ごく自然な昂揚だった。
数時間前に夕暮れの教室で同じ笑顔を見たときは、心が冷やされていく、
怖ろしくも快美な感情が芽生えたことが、葵の心の端をよぎったが、
中世絵画に描かれた女神と見紛う裸身を前に、そんな記憶はすぐに露となって消えた。
「さあ、美里サンも脱いで」
「あ、は、はい」
脱ぐところは見られたくなかったけれども、マリアは裸のまま葵の前に立っている。
仕方なく、急いで脱ぐしかなかった。
スカーフを解き、上着を脱ぐ。
ファスナーを下ろし、スカートを外す。
全ての挙動に蒼い視線を感じて、葵は気が気ではない。
体育の着替え時などに、たまに級友達にスタイルを褒められることがあっても、
これほど恥ずかしくなったりはしなかった。
「美里サンも、とても素敵よ」
制服を脱いで、下着姿になった葵にマリアが言った。
恥ずかしさにうつむく教え子の、さりげなく腕に触れる。
「あ……」
火照った肌が冷やされていく。
こんなにも火照っていたのかと驚くと同時に、葵は教師が触れている部分に気持ちよさをも感じていた。
その手がそっと腕をなぞり、指を絡めると、ほとんど夢心地になる。
胸を当てながら背中にもう片方の手を回し、ブラのホックを外すマリアに、葵は半ば寄りかかった。
葵の望みに応え、マリアは彼女の背中を撫でる。
前後から冷たさに挟まれて葵は身を震わせたが、落ちつくとやはり気持ちよさの方が勝り、
甘えるようにマリアの肩に頭を乗せた。
繋いだ手と背中を撫でる手、それに混じりあった乳房と頭を乗せた肩。
冷気に包まれて思考が鈍るが、マリアの腕の中なら何も恐れる必要はない。
葵は深く、ゆっくりと呼気を吐きだし、マリアに身を委ねた。
「フフ……本当に可愛いわね、美里サン」
マリアの囁きが心を蕩かす。
背中を撫でる手が下に落ち、下着に手をかけても、葵は拒まなかった。
マリアの両手が足首まで辿りつくと、葵は自分から足を浮かせる。
全裸を見られたという恥ずかしさはあったけれども、足首にマリアの手が触れると、
すぐにそれ以上の昂揚が取って代わった。
「それに、綺麗な足……肌もすべらかで、すばらしいわ」
「そんな……」
足先から足首へ。マリアの手は来た道を戻っていく。
厳粛な儀式のように静かに、時間をかけて肌をなぞっていく白い手に、葵はわななく足を懸命に抑制した。
この震えが何に由来するものか知られれば、きっとマリアは落胆するという怖れは、
しかし、意識すればするほど強くなっていく。
足首から、脛へ。
膝から、大腿へ。
マリアの手が大腿の半分を過ぎたとき、葵はめまいを覚えた。
たまらずにマリアの肩に手をついてしまう。
「あッ……ご、ごめんなさい」
肩に置かれた手を取ったマリアは、指を絡めつつ立ちあがった。
「いいのよ……さあ、入りましょう」
元から一つであったかのように繋がった手に導かれて、葵は浴室に入った。
浴室内はさらに葵を驚かせた。
室内の中央に据えられた浴槽は、日本式の四角いものではなく、
楕円形の、浴槽に足がついた洋風のものだったからだ。
葵もこのタイプのものは映画でしか見たことがなく、初めて目にする洋風のバスタブに目を輝かせた。
「私、こういうお風呂は初めてです……!」
「そう、喜んでもらえて嬉しいわ。実を言うとね、こういうお風呂を家選びの条件に入れていたのよ。
つまらない拘りと笑われてしまうかもしれないけれど」
「そんなことありません、マリア先生にはとても似合っていると思います」
「フフッ、ありがとう。先に身体を洗ってから入ってもいいのだけれど、せっかくだから今日は」
バスタブに湯を張ったマリアは、中にバスバブルを入れた。
バスタブ内で直接身体を洗うための洗剤は、みるみるうちに泡立っていく。
これこそまさに葵が映画で見た、外国人が入る風呂そのものだった。
「さあ、入りましょう」
「はい」
バスタブは大きく、二人が一緒に入っても余裕がある。
中央が少しだけくびれたひょうたん型のバスタブの、マリアと反対側に葵ははじめ浸かろうとすると、
さりげなく、しかし強引に彼女と同じ向きで入らされた。
背中の広い範囲に柔らかな膨らみが当たる。
友人同士の戯れで当たったことはあっても、こんなに存在を感じたことはない。
収まっていた鼓動がまた激しくなり、背中からマリアに伝わっていないかと葵は気を揉んだ。
「あ、の……先生……」
「なぁに?」
マリアの声のトーンが変わった。
授業で生徒に接するときとは違う、夕刻から今までのものとも異なる、
猫や犬を可愛がるときのような声色は、粘りけを持って耳道を流れ、葵の心へと滴っていった。
「いえ……」
身体の内側から熱が生じる。
その熱は、今や身体のほとんどが触れているマリアの、風呂に入っているにもかかわらず
なぜか温かさよりも冷たさを感じさせる肌に冷まされて、
暖房の効いた部屋でアイスクリームを食べるような愉悦を葵に与えた。
上半身を浅く倒した姿勢では、必要以上に乳房を強調しているような気がして、
葵は胸を手で覆っている。
その手をマリアは優しく、しかし明瞭に意志を伝えて剥がした。
ばねのように戻ろうとする腕を、指先を絡めて止める。
そして駆け引きに長けたランナーさながらに葵の手の内側に入りこむと、下側から彼女の乳房を支えた。
「先、生……」
マリアの急な動きに、葵の声に怯えが混じる。
けれどもマリアがせわしかったのはそこまでで、葵は怒りの根拠を見失ってしまった。
もう少し不快になったら、声に出して拒もうという勇気を見越したかのように、マリアは動きを止める。
羞恥心から奮い起こしただけの勇気は、たった数秒の停滞であえなく消え去り、
葵は消極的ながらマリアを受け入れた形となった。
すると、マリアは積極から消極へと変わった葵の心の動きを読み切ったかのように、再び手を動かす。
浮かぶ泡ごと湯を掬い、乳房にかけたのだ。
泡立ってただの水よりもとろみのついた湯は、ほんのりと葵の肌をくすぐった。
緩慢に繰り返される動きが、少しずつ葵を弛緩させていく。
「こんなに綺麗な胸は、見たことがないわ」
「そんな……恥ずかしいです」
左の乳房に添えられた手は、触れるか触れないかの繊細さで動く。
泡のくすぐったさが微弱な快感となり、葵は息を吐いた。
その拍子に、マリアの掌に乳房が触れる。
その機を待っていたかのように掌は乳房に貼りつき、撫でる動きに変わった。
「あ……っ、先、生……」
泡の中で快感が高まっていく。
どうしたらよいか判らない葵は、マリアのなすがままにされるしかなかった。
乳房ともう一つ、腹部に添えられる手。
クレープの生地を広げるように、臍を中心に円を描く左の掌は、葵に安らぎをもたらす。
恥ずかしいと思いながらも、泡で埋め尽くされた夢幻的な光景は、
泡の下で行われている生々しい肉欲の、心地よい部分だけを濾過して伝えてきて、
恍惚のため息をもらしてしまうのだ。
もし、五感のどれか一つにでもささくれを感じれば、葵はたちまち我に返っただろう。
この背徳の戯れを悪夢とみなし、一生誰にも言わない秘密として、記憶の奥に封印したに違いない。
しかし、マリアの愛撫は完璧だった。
水音さえ立てず、一切の不快を与えぬまま、少女を深く快楽の水底へと誘っていく。
葵が気づいたとき、すでに彼女の精神は絡め取られていたのだ。
掌が描く円が、ひそやかに拡大している。
指が秘毛に触れてはじめて、葵はマリアの狙いがそこであると悟り、
慌てて快楽の水底から水面に上がった。
「だ……駄目、です……」
声が他人のように頼りない。
葵はまだ自分が水から上がっておらず、顔を出したに過ぎないと知った。
恐怖に喉をひくつかせながら、全身の力でマリアの手を止めようとする。
「力を抜きなさい」
「でも」
「怖れることはないわ……怖がるようなことは何もないのよ」
蜜のような声が葵のためらいを小さくしていく。
重ねて耳朶を甘く噛まれ、ついに葵は屈服した。
白い手が黒い茂みに埋没する。
泡で覆われて直接は見えなかったが、もし見てしまっていたら、
葵は恥ずかしさのあまり気絶していただろう。
だが、目に見えずとも、触感は伝わってくる。
五本の指を全て使った、どこまで毛が生えているのか確かめるような動きに、
限界まで羞恥を高められて、葵は小さく身をよじった。
すると不意に顎をつままれ、唇を奪われる。
「うっ……ん……」
ぴたりと貼りつくマリアの唇の快さに、意識が緩む。
快さはマリアの舌が唇を割って入ってくるといや増して、葵の顎からは自然と力が抜けた。
舌と舌が触れる。
自在に蠢くマリアの舌に、初めこそ息苦しさを覚えたが、すぐに順応すると、
今度は一転してねっとりと粘膜が絡みあう快感に浸かった。
「はぁ……ぁふ……ぅ……」
回を増すごとに濃密になるくちづけに、葵はもう焦がれている。
赤ん坊が吸いつくように唇を甘くついばんだかと思うと、
喉にまで達するかと錯覚する勢いで激しく舌を挿れられ、その緩急に翻弄されるのだ。
温い水と密着するマリアの肉体の不思議な冷たさに、
その緩急が加わると、葵は宙に浮いているような心地を味わう。
ときおりマリアが口を離して現実感が戻ってきた時など、鼻を鳴らして催促さえしてみせた。
はしたない、との思いが脳裏を掠めるものの、それは全く一瞬のことで、
年上の女性がもたらす禁断の快楽の前には防波堤にさえならず、また、
マリアが葵の痴態を一切笑いも軽蔑もせずに彼女の要望に応えるので、そのような理性、
あるいは良心といったものはバスタブに浮かぶ泡より儚く消えていった。
美里葵は真神學園を代表すると言っても過言ではない才女で、人格的にも安定している。
危うきには近づかず、危険の方から彼女に近づいてきたときも、
きっぱりと断れるだけの勁さも持ち合わせていた。
しかし、人の知を超えた存在であるマリア・アルカードには通用しない。
数百年の刻を閲し、その間世界中をさ迷い、あらゆる人間の悪徳を見てきた彼女にとって、
十八歳の少女など、生まれたばかりの雛鳥に過ぎなかった。
彼女が持つ牙を、毒を、隠し通して少女を巣穴から連れだすなど、児戯にも等しかった。
快感を口の中に満たされた葵が、切なげに鼻を鳴らす。
まだ羞恥に抗いきれず、控えめな催促を始めたに過ぎないが、いずれ、
ヨーロッパの光も射さない路地裏で客を取る娼婦も恥じらうほど淫らな台詞を言うようになるだろう。
「……あぁ……」
少女の濡れた唇をマリアは自身の唇で撫でる。
葵は薄く唇を開けてマリアを受け入れる意志を示すが、赤い蛇を口腔に隠したまま、
マリアはまだ甘い、甘いだけのくちづけで焦らした。
「せ……んせ、い……」
掠れた声で葵が求める。
その口唇に唇を触れさせると同時に、マリアは止めていた、
葵の花園を覆う茂みに添えていた左手を動かした。
「……」
明確な交換条件の提示に、葵は屈した。
もとよりマリアを止めるだけの力はすでに失われていたが、
彼女の手に重ねていた手から、残っていた最後の力が消失した。
「っ……ふ……!」
歯列を割って舌が挿ってくる。
自ら招き入れたにも関わらず、あまりの侵入の勢いに、葵は恐怖を覚えた。
しかし、呻き声を上げる間もなく舌はマリアの支配下に置かれ、
苦しくも快美な刺激にたちまち翻弄される。
そして刺激は、口の中だけに留まらなかった。
「……!」
自分で触れたこともほとんどない蔭りを、根本から弄ばれる。
それは女性同士が行う、髪を触る行為にも似ていた。
マリアの指先は恥毛の向きに逆らわず、風が吹く草原のように一方向に整えていく。
マリアの指に忠実に従う群れと化した、縮れの少ない、髪と同じ黒い茂みは、
三角形の下の頂点に向かって揃えられていった。
「あ……ぁ……」
毛先に至るまで伸ばされ、整えられる下生えは、
恋すら未だ知らぬ少女にとって気を失わんばかりの辱めだ。
実際、葵の意識は遠のきかけていて、端正な唇は知性を失ったかのように半開きとなり、
均整の取れた肢体はだらしなく弛緩していた。
性の入り口で震え、惑う少女を、マリアは巣にかかった獲物を捕らえる蜘蛛のように、
長い手足で絡め取る。
頭を預ける葵の、反対側から顔を寄せ、薄い紅に染まった頬や、
それよりわずかに濃い色をした耳朶を食み、舌先で舐め回した。
「は、ぁ……」
葵の喘ぎに官能は混じっていても、嫌悪は含まれていない。
マリアは触れさせる舌の面積を増やし、味見をするがごとく葵の半面を舐めた。
歯は当てず、唇で吸い、舌で捕らえ、耽美から淫らへ、さらには淫靡へと、
無垢な少女を深き沼へと引きずりこんでいく。
「あ……ん……あっ……」
學園でも屈指の美貌と名高い顔が、快楽に歪む。
その顔に舌を這わせるマリアも卓絶した美貌の持ち主で、
洋風のバスタブに身を沈めて睦みあう姿は、画家の格好の題材となるだろう。
無粋な泡は美しい二人のプロポーションをほとんど隠してしまっているが、
泡の切れ目から覗く肌は、泡に劣らず優美な曲線を描いている。
そして、泡で見えない部分ではマリアの手が、とても絵には描けない淫らさで葵を弄んでいた。
乳房を愛撫する右手だけで葵を籠絡したマリアは、
ヘアと戯れさせていた左手をついに禁断の谷へと下ろした。
未だ浸食を受けていない渓谷をなぞり、二本の指で秘奥への入り口を押し開ける。
女性にとって最も秘やかな部分に触れられて、葵は防ごうと手を伸ばすが、
その手に力はなく、逆にマリアの指戯を受けてあえなく止まってしまった。
「先生……駄目、です……私……怖い……」
「大丈夫よ、美里サン……力を抜いて、ワタシに任せて」
いけないことだとわかっているのに、強い恐怖もたった一言で消え去ってしまう。
マリアの冷たい身体に包まれていると、どうしても考えがまとめられなくなってしまうのだ。
「ああ……先生、駄目……ああ……」
湯の温かさとマリアの冷たさ、良く泡立ったバスバブルと、上質の絹のような肌。
相反する要素は全身を包み、心にまで浸透する。
ひそやかな場所の表面を慈しむように撫でる指の動きを、葵はいつしか脳裏で追っていた。
自分自身でもはっきり見たことはない裂け目の、周縁を中指が伝う。
身体の後ろから前へ、深い穴へと続く崖の上を、ときに少しだけ下りてみせながら、
何度も辿り、否応なしにその形を葵に意識させる。
「はあ……っ、あぁ……あ、う……」
マリアの愛撫は未だ微弱なものだ。
しかし、長い時間をかけての愛撫と、様々な状況に酔った葵の身体は、すっかり官能の炎を灯されていた。
クレヴァスをなぞり、撫でるだけの刺激ではむしろ物足りないのか、
伸ばした長い足を小刻みに震わせ、マリアに預けた上体を甘えるように擦りつける。
そんな葵にマリアは、気がつかないふりをして彼女の求めるものを与えない。
怖じ気づいた探検家のように洞窟の中には踏みこまず、三流の冒険家のように宝珠も探りあてず、
ただ湖の周りをうろうろとさ迷うばかりだ。
「ああ……」
間欠泉のように吐息を漏らす口に、キスだけは与える。
何度かのキスで要領を得たのか、葵は積極的に舌を伸ばし、満たされない欲望を補おうとしてきた。
天までも目指そうとする舌をマリアは咥え、唇でしごく。
いかにも気持ちよさそうに白い喉を鳴らす葵に、一筋の唾液を口移しで与えて囁いた。
「本当に可愛いわ……食べてしまいたいくらい」
「せん……せい……」
葵は閉じていた目を薄く開く。
マリアに向けた潤んだ瞳は深く、底のない黒に満ちていた。
ここでようやくマリアは、ふらふらとさ迷っていた中指に行き場を与えた。
目指したのは、湖のほとりにある小さな祠。
そこに大切にしまわれている宝珠を、指の皮だけでまずはなぞった。
「んぅ……!」
一オクターブ上がった嬌声が浴室に跳ねる。
葵が静まるのを待ってから、マリアは再び淫らな芽に触れた。
「あ、あ、先生、私、こんな……の、初めて……!」
「自分で触ったこともなかったのかしら?」
「は……い……! あぁ……っ……!」
幾ばくかの金と引き替えに、あっけなく身体を売る少女に満ちた魔都東京。
世界各地を何百年もの長きにわたって渡り歩いたマリアでも、
これほど性道徳が堕落した街は見たことがない。
その魔都にあって、この歳まで処女を守り、自慰すら知らない少女は、
神の御使いと呼べるくらいに貴重で尊い存在だった。
「そう……それなら教えてあげるわ。こうされると……どう、たまらないでしょう?」
「ん……あっ、せんせ……いっ……!」
強烈な快感に葵は、白魚のように肢体をのたくらせた。
若い少女が飛び散らせるエネルギーを、マリアは全身で受け止めつつ、さらに葵を高みへと導いていく。
これほど大きな入力を、初めて経験する葵は、溜まる熱をせわしなく吐きだすが、気休めにしかならない。
それどころかマリアの刺激を受ける肉体は徐々に過大な反応を示すようになり、
逃がしきれない熱が、腹の下にじわじわと蓄積されていった。
「ゆる……し、て、先生……あ……ぁ、ひんっ、も……う、止め、やめて……くだ、さ……」
「駄目よ……女の悦びは、この先にあるのだから」
「そ、んな……あ、あ、っ、あぁ……あぁ……!」
鋭敏なクリトリスを、まだ包皮は剥かずに愛撫する。
それでも性に目覚めている最中の少女には充分すぎる快感らしく、葵の下半身がせわしなく動き始めた。
「ああ……ああ、先生っ……」
右へ左へと暴れる両足に苦慮しながらも、マリアは捕らえた獲物を離さない。
銀細工のような指で葵の、彼女自身も知らない珠を磨く。
「ん……っ……あ、あ、ぁっ……!」
手の甲を口に押し当てていた葵の喘ぎが甲高くなっていく。
少女の昂ぶりを腕の中で感じながら、マリアは葵を絶頂へと導いた。
「んぅぅっ……!」
浮きあがった葵の身体はまとった泡を弾き、再び泡の中へゆるやかに沈降する。
泡から生まれ、泡に還った初めての絶頂は、葵を夢幻の境地へと誘っていた。
虚脱した身を支えるマリアに疑いはなく、火照った肌を冷ましてくれる彼女の体温の快さに、
しばしのまどろみに落ちていった。
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